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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)1637号 判決

控訴人

田中辰雄

右訴訟代理人

榎本信行

外三名

被控訴人

中村久子

右訴訟代理人

平原昭亮

外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、主文第一項同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張は、次に訂正、付加するほかは、原判決の事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

一控訴人の主張

(一)  借地法附則第八項の不適用

1  昭和四一年法律第九三号借地法等の一部を改正する法律により、借地法第一二条に、第二項、第三項の規定を新設して、地代の増減額請求権が行使された場合の法律関係を明確にするとともに、附則第八項において、地代家賃統制令の適用がある地代については、借地法第一二条第二項の規定は統制額を超過する部分に限り適用するとしているが、右は、地代家賃統制令が適用される地代について統制額の定められている場合には、少なくともその額まで増加することが「明白」であることを前提として、増額請求に係る増加額のうち統制額を超える部分についてのみこれらの規定を適用することとし、増額請求があつたときは、その統制額までの地代を支払うべきものとしたものである。

2  そして、統制額については、昭和二七年以来基本的な改正はなく、とくに、地代については、統制額の算定基礎となる固定資産評価額を昭和三八年度の評価額とし低水準のまますえ置いたため、一般物価の上昇に比し、均衡を失し、昭和四一年当時には、統制額の最高限で賃貸するのが普通とされており、したがつて、統制額まで地代が増加することが「明白」であつて、借地法附則第八項の規定も、合理性を有していた。

3  ところが、地代家賃統制令に基づく地代又は家賃の停止統制額又は認可統制額に代るべき額について、昭和四六年一二月二八日付建設省告示第二一六一号をもつて、大幅な改正が行なわれ、地代についていえば、当時までその算定の基礎となる固定資産評価額が昭和三八年度の固定資産評価額によるものとされていたのを、その年度の固定資産税の課税標準となるべき額によることとし、さらにその乗率千分の二二を千分の五〇に引き上げた(なお、右告示の改正の効力については、次のとおり争う。)。

右によると、地代の統制額は、平均して約2.7倍(なお、家賃については、約2.8倍)に引き上げられることとなり、それまでの統制額即地代から、統制額は地代の最高限度を示すにすぎないものに変質され、したがつて、借地法附則第八項の規定は、その合理性を失つたものであり、右規定は適用されえないというべきである。

(二)  昭和四六年一二月二八日付建設省告示第二一六一号の無効性

1  昭和四六年一二月二八日付建設省告示第二一六一号(以下、「本件改正告示という。)によつて算出される統制地代の額は、平均して約2.7倍となり、統制地代というよりも、むしろ、統制外地代と同額もしくはそれ以上の額となることとなつた。

そして、計算の重要な基礎に、当該年度の固定資産税課税標準額が置かれたことにより、地価の急激な暴騰につれて右標準額が年々増加し、これに比例して統制額が増加することとなり、地代家賃を統制し、その昂騰を押えて国民生活の安定を図るという統制令の目的に著しく反する結果を齎らしている。

2  したがつて、本件改正告示は、統制令の実質的撤廃に等しく地代家賃の統制により、一般物価の高騰を防止し、国民生活の安定をはかるという統制令の目的に違反し、憲法二五条、二九条、二項の規定にも反し、無効というべきである。〈中略〉

理由

当裁判所は、当審における新たな証拠調の結果に徴しても、被控訴人の本訴請求は理由があつて、これを認容すべきものであると判断するが、その理由は、次に付加、訂正するほかは、原判決が理由において説示するとおりであるから、これをここに引用する。

一借地法附則第八項の適用について

借地法附則第八項は、「この法律による改正後の借地法第十二条第二項(中略)の規定は、地代家賃統制令(昭和二十一年勅令第四百四十三号)の適用がある地代(中略)については、請求に係る増加額のうち、同令による停止統制額又は認可統制額をこえる部分に限り適用する。」と定めているのであり、昭和四六年一二月二八日付建設省告示第二一六一号(本件改正告示)により、その算定の基礎となる固定資産評価額が従前の昭和三八年度の固定資産税の課税標準となるべき額から当該年度の固定資産税の課税標準となるべき額によることとなり、また、その乗率が千分の二二から千分の五〇に改められ、その結果、統制額が従前の統制額に比して著しく引き上げられることになつたとしても、借地法附則第八項の規定は、何ら改正されずに存しているのであるから、同条項の規定が適用されることになるのは、むしろ、当然である。

控訴人は、本件改正告示により、統制額が地代の最高限度額を示すものとなり、同条項の規定の適用される基盤が失なわれるにいたつた旨主張する。

しかし、〈証拠〉によれば、本件改正告示は、地代家賃統制令が適用される地代・家賃の統制額が著しく低廉であつて一部の地主・家主に過重な犠牲をしいているのを是正すべく、その算出方法を前述のとおり、改めたものであることが認められ、その改正の結果、控訴人主張のように、統制額が急激に上昇する結果になったことは否みえないことではあるが、これも、もともと、統制額自体が極度に低廉に失したため、これを、統制額として許容しうる程度において、いわばあるべき適正地代家賃にできるかぎり近づけようとし、統制額の不合理を是正した結果生じたものであり、借地人、借家人に相当な負担の増大をもたらすことがあったとしても、また、やむを得ないものといわなければならない。

控訴人は、また、本件改正告示は、地代・家賃の最高限度を定めたにすぎないと主張する。

たしかに、統制額は、地代家賃統制令の適用を受ける地代・家賃については、地代家賃統制令六条五項、一〇条の例外を除いて、最高限度を定めたものであるといえるが、同時に、通常の取引価格よりかなり低廉な固定資産税評価額を基準にして算出している点では、地代・家賃の統制額としての機能を十分に果しているものであり、むしろ、特段の事情のないかぎり、適正な地代・家賃であると推認するのが相当というべきである(控訴人主張のように、統制額が、最高限度であつて、むしろ原則として適正地代が統制額以下であるとの事実を認めることはできない。)。

控訴人は、さらに、本件土地の地代の統制額が周辺土地の一般地代より高額であるなど前記の特段の事情の存するようなことを主張するが、かかる特段の事情を認めるに足りる証拠は、本件では提出されておらず、とくに、後記認定のように、控訴人は、昭和四七年当時本件土地の一部(約三分の一)を駐車場として、他人に利用させ駐車場料金を徴集して利益をあげていたなどの事情に鑑みれば、前記特段の事情は存しないものとみるのが相当である。

この点の控訴人の主張は、採用することができない。

二本件改正告示の無効の主張について

〈証拠〉によれば、本件改正告示により地代の統制額が従前の統制額に比し、平均して約2.7倍になること、したがつて、借地人らに相当な負担の増大の生ずることが認められるが、右も、従前の地代の統制額が著しく低廉であつたために見掛け上生じた、相当な負担の増大という現象にすぎないものと解すべく、しかも、本件改正告示による地代の統制額が、統制外の土地の適正地代より一般的に高額であつて、地代家賃統制令の目的を達することができないというような事情は本件に提出された証拠ではこれをうかがうことができず、したがつて、本件改正告示が地代家賃統制令第一条の目的を達することができず、同条に違反して無効であるということはできない。また、本件改正告示により、借地人、借家人の負担すべき地代・家賃の統制額が従前の統制額より相当高くなることは明らかであるが、これも、適正地代家賃の範囲内であるのが原則であることは、前述のとおりであるから、これをもって憲法二五条、二九条二項に違反するものとはいえない。

この点の控訴人の主張は、採用することができない。〈後略〉

(荒木秀一 中川幹郎 奈良次郎)

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